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山口地方裁判所 昭和26年(行)39号 判決

原告 田中基

被告 山口労働者災害補償保険審査会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十六年八月六日原告の審査請求に対してした決定はこれを取消す。」との判決を求め、その請求原因として、原告は昭和十五年十月から小野田市桜山炭鉱に仕操夫として雇はれていた者であるが、同二十三年十一月十二日同鉱坑内で採炭作業中落盤により前頭部及び右眼(左眼とあるは誤記と認む)に打撲傷害を受けたので、即日山口県立医科大学附属病院で診断を受け引続き加療中、同二十四年七月二十九日病状固定治療の効なしとして治療を打切られ障害補償金の支給を受けたがその際訴外小野田労働基準監督署長から右右眼の障害についての障害等級を労働者災害補償保険法施行規則(以下単に規則と略称する)別表第一の第九級に該当するとの認定をうけた。

ところが右右眼災害治癒前である同年六月頃から両足が浮動していたものが治療打切後漸次歩行も困難となつたため、小野田市村田病院で施療を受けていたが病名不明の上全快の見込もなかつたので、同二十五年一月二十四日九州大学で受診したところ、右二十三年十一月十二日の打撲傷を原因とする外傷性神経症と診断され、更に同二十五年一月二十七日山口県立医科大学附属病院中村敬三医師からも右同様外傷性神経症と診断された。よつて小野田労働基準監督署長の再発認定をうけ同二十五年二月一日から九州労災病院に入院加療中同年八月十四日頭部外傷後貽症(歩行障害)の診断を受け同月二十五日右病院長の認定書を訴外小野田労働基準監督署長に提出具申したところ、同署長は同日右災害中右頭部外傷後貽症については障害等級を規則別表第一の第八級と認定し、右右眼の障害もあるため同規則第六条第三項第一号により原告の身体障害等級を規則別表第一の第七級と決定した。しかし乍ら原告は右前頭部打撲に原因する頭部外傷後貽症(歩行障害)により歩行の際両側膝関節が浮動するため歩行は困難で重労働は勿論軽労働もできない症状であるから規則第六条第四項により規則別表第一の第六級の六即ち一下肢の三大関節中の二関節の用を廃したものに該当し、右右眼障害もあるので規則第六条により原告の障害等級は第五級とせらるべきであり、右署長の障害等級の決定には異議があるので、これに対し各適法に保険審査官の審査を請求し、更に被告審査会に審査を請求したところ、被告審査会は昭和二十六年八月六日右署長の決定を認め原告の障害等級は七級であると決定したのでここに右被告の審査決定の取消を求めるため本訴に及んだと述べ、被告の答弁事実中、原告が動脈硬化症であること及び被告主張の日原告が被告主張の如く転倒し左下腿打撲裂傷をしたことは否認した。

(立証省略)

被告審査会代表者は主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として原告主張事実中原告が昭和十五年十月から小野田市桜山炭鉱に仕操夫として雇はれ、同二十三年十一月十二日同鉱坑内で採炭作業中右眼に災害をうけ同二十四年七月二十九日右災害は治癒し、小野田労働基準監督署長が右右眼の障害等級を第九級と決定したこと。その後原告が外傷性神経症の疑のもとに右署長の再発認定をうけ九州労災病院に原告主張の日に入院、加療中原告主張の日に同病院が原告の災害について頭部外傷後貽症(歩行障害)と診断し、これに基き小野田労働基準監督署長が昭和二十五年八月二十五日原告の右災害についてその障害等級を規則別表第一の第八級とし原告主張の理由で原告の障害等級を第七級と決定したこと、及び右決定に対し原告が各適法に保険審査官及び被告に審査の請求をし、被告が原告主張の日原告主張の如き決定をなしたことは認め、九州大学及び山口県立医科大学附属病院中村敬三の診断の結果が外傷性神経症であつたとのことはしらないと述べ、

(一)  原告が右昭和二十三年十一月十二日坑内作業中うけた災害は前頭部及び右眼の打撲傷害ではなく、唯粉炭が右眼に侵入して傷害をうけたにすぎず、

(二)  原告が右右眼災害の加療を山口県立医科大学附属病院で受け始めたのはその災害の日からではなく翌二十四年二月二十六日からであり、

(三)  原告の歩行障害は原告の業務災害以前からの動脈硬化症(中風)に基き、原告が昭和二十四年八月二十七日業務に従事しないとき三間程の高所から溝に転落し左下腿に打撲裂傷をうけたことが又右歩行障害増大の一因となつたもので、業務災害に基因して歩行障害を生じたものではない。

以上の如く原告の歩行障害は業務上の災害ではない。仮りに業務上の災害であるとしても被告の決定は相当であるから原告の本訴請求は棄却せらるべきであると述べた。

(立証省略)

理由

原告が昭和十五年十月から小野田市桜山炭鉱に仕操夫として雇はれ、同二十三年十一月十二日同鉱坑内で採炭作業中右眼に傷害をうけたが同二十四年七月二十九日右傷害は治癒したものと認められ訴外小野田労働基準監督署長が右右眼の障害等級を規則別表第一の第九級と決定したこと及び原告が外傷性神経症の疑のもとに右署長の再発認定をうけ九州労災病院に入院加療中頭部外傷後貽症(歩行障害)と診断され、これに基き小野田労働基準監督署長が同二十五年八月二十五日右災害についてその障害等級を規則別表第一の第八級とし、さきの右眼の障害もあるため規則第六条第三項第一号により原告の障害等級を第七級と決定したこと。原告が右決定に対し各適法に保険審査官及び被告に審査の請求をなし、被告が同二十六年八月六日右小野田労働基準監督署長の決定を認め原告の審査請求を排斥したことは当事者間に争はない。

よつて先づ原告の歩行障害の程度について判断するに、証人中村敬三の証言により成立を認める甲第二号証、成立に争ない乙第四号証の一、二第六号証第八号証の三と証人中村敬三、村田保夫、渡辺健児(後記措信しない部分を除く)の各証言を綜合すれば、原告は鶏状歩行に痙直性歩行を混えた一種独得の歩行をし、歩行運動の際両下肢特に大腿諸筋は届伸とも粗大な震顫を示しその震顫は特に体重のかゝる場合に増強するほか、精神的緊張によつても軽度に増悪するので、歩行は困難ではあるが、歩行できないほどの状態ではなく、原告の他の身体各部には右眼の業務上災害の外は異常はないから坑内作業等の一般の重労働には服することはできないが、座業その他の軽易な作業には十分従事することができること。原告の精神状態には異常はなく両下肢には筋肉の萎縮、硬直も見られず、腿反射表面知覚、深部知覚共一般に正常で器質的変化はないから、原告の右歩行障害は心因性に基く外傷性神経症であること。しかして右外傷性神経症である原告の歩行障害は、原告の昭和二十三年十一月十二日の右眼角膜傷害なる業務上の災害にすべて基因するものではなく、原告が同二十三年八月頃から動脈硬化症のため歩行はまんさん状状態を示して若干の歩行障害があつたこと及び同二十四年八月二十七日約三間程の高所から溝に転落して左下腿に打撲裂傷をうけたこと等の業務外の災害と共にその一基因であつたことが認められ、右認定に反する甲第一、第三号証及び証人渡辺健児の証言の一部(前記措信する部分を除く)並に原告本人訊問の結果は措信できないし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そうすると原告の右歩行障害は外傷性神経症によるもので歩行に際し下肢諸筋が届伸共に震顫し、歩行は困難ではあるが、原告の身体各部には右眼の業務上の災害のほか異常はなく、軽労働に服しうるものであるから、原告の右歩行障害がすべて右眼の業務上災害に基因するものとしても規則別表の第八級の三号に該当するにすぎないものである。

原告は右歩行障害は規則第六条第四項により規則別表第一の第六級六号に該当すべきものであると主張するが、右規則第六条第四項は身体障害が規則別表第一に掲げる障害に該当しないときにその類似の障害を別表第一中に求めこれに準じて障害等級を定める旨の規定であつて、本件の如く規則別表第一に掲げられる障害に該当するものについてはその適用はなく、又規則別表第一の第六級の六号は一下肢の二関節の用を廃した身体障害に関するものであるところ、原告の歩行障害は前記認定の如く両下肢の障害であるから、これを一下肢の二関節の用廃に準じて取扱うべきものではないことは明らかである。よつて原告の右主張は採用の限りではない。

以上のように原告の本訴請求は失当であり被告の本件処分は結局相当であるから原告の請求は棄却することとし、訴訟費用の点について民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 御園生忠男 黒川四海 大前邦道)

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